こういうベタなネタを、自分がやることになるとは思わなかった。
図書室でいつものように本を選んでるときだった。視界の隅に誰かがやってきて、何か頑張って本を取ろうとしているのが見えた。
小声で頑張っているような声が聞こえる。ああ、女の子か。
本を試し読みしていた視線を、ちらりと上げてその女の子を見てみる。…まあ、確かに届かないような身長だった。
ふう、と気づかれない程度にため息をつく。普段だったら別に何も思わないけれど、今日は機嫌が良いのかもしれない。
試し読みしいた本を閉じて右手に収める。とりあえずキープして、後でまた吟味しよう。
「これ?」
数歩でその女生徒に近づいて、取ろうとしていた本に当たりを付けて手を伸ばした。自分の身長なら楽に取れる。寧ろこの図書室の本棚なら普通に何とでもなる。
本を全部取り出して、女の子の前に差し出す。今時の、普通の女の子、なのかもしれない。
「あ、ありがとう!高いから困ってたんだー」
「そう。何だっけ、脚立?とか台とかあるからそれ使えば良いと思うけど」
「あ、うん、届くかなと思って…」
…ああそう。
鷹はそう言って「じゃあ」とその女生徒から振り返り他の本を吟味するために移動した。…ら、何故かその子は付いてきた。
「ね、ねえありがとう鷹君。あの、いつも図書室来てるの?」
(…勘弁してほしい)
真横に来て必死に自分の顔を見上げるその女の子の少なからずの好意に気づいて、鷹はゲンナリした。別に嬉しくないわけではない。自分が誰かに好かれるというのは嬉しいことだと思う。たた、今そんな好意を向けられても鬱陶しい以外の何物でもなく。
「別に、いつもじゃない。来たいときに来てるだけ」
「そうなんだ、あたしも最近本を読むようになってね、図書室来てみたんだ。ねえねえ、何か、オススメの本とかあったら教えてほしいな」
「……」
どうしようかと思う。中学校時代告白されることがなかったわけじゃない。でも鷹はそういうことは苦手な分野だった。本の中での出来事なら他人事のように理解できたけれど、実際自分にそういうことが起きるとどうしたら良いのか全く解らなかった。嬉しいという気持ちは確かにあるが、だからと言って付き合いたいとか、好きになるとかいうことはなかった。寧ろ泣かれたりしたら本当に困る厄介なことだった。
好きな人いるの?と聞かれるのも同様に面倒くさい。中学校時代は他人に干渉されるのも干渉するのも嫌いだった。そういう面倒くさいことを聞かれるだけで色々萎える。
…今そんなことを聞かれたら、どんな顔をして答えるだろうか。好きな人が、いるから無理ですと、どんな顔をしながら、先輩の顔を思い出しながらどうやって言えるだろうか。
「そういうのは、図書委員の人とか、司書の人に聞くのが一番良いと思うけど」
「え、あ、うん。あの、知ってる人に聞くほうが手っ取り早いかなーって」
誰だその知ってる人って。生憎自分はこの目の前の女子の名前なんて全く知らない。顔も解らない。今時の、普通の顔なんて毎日見ていないと覚えられない。特に最近はみんな似たような髪形して同じような化粧をして、誰が誰やら。テレビを見ていても鷹は見分けが付かない女の人がたくさんいる。
はあ、と鷹は今日2度目のため息をついた。しかし目の前にいるのに彼女は気づかないらしい。
仕方がないからとりあえず彼女の質問には答えた。
「…野球選手になるにはって、本」
「え?」
「だから、最近読んだお薦めの本。野球選手になるにはって本」
「は、え?」
「本ってのは、自分で探すほうが楽しいから、誰かに絡む前に先ずは自分で探してみたら?」
鷹はもう手に収まってる吟味途中の本で良いかと思って、目の前の女生徒を置いて受付カウンターに足を向けた。
さっさとあの彼女の前からいなくなりたかった。あんなところ先輩に見られたくもない。ああ、先輩がいるのに何でこんな嫌な気分にならないといけないのか。
「お願いします」
「はい」
いつものように受付処理をしていく先輩を見て、鷹は気分がちょっとだけ良くなっているのに気づいた。当たり前なのかもしれない。先輩のことは見ているだけでも良かった。話ができればにやけるくらい嬉しい。先輩の所作は流れるように無駄がないから、貸し出し手続きは直ぐに終わる。いつもはそれが嫌だったけれど、今日はさっさと外に出たかったから良かったのかもしれない。
先輩から返却期限のことを言われ、本を手渡される。最近では無愛想な返事じゃなく、きちんと「ありがとうございます」と目を見ながら言えるようになった。結構進歩してる気がする。
最近知った先輩の名字ももっと言ってみたいけれど、言う機会はあまりなかった。何故か勿体ないと思っている。
そうして鷹は早めに図書室を後にした。
教室までの帰り道で、また図書室で絡まれたらどうしようかなあと思いつつも、今日みたいなベタなシチュエーションは先輩相手だったらやってみたいと、恥ずかしいことを考えて目元が熱くなっていた。