「あ、一緒の方向なんだ」
「そうですね」
コンビニ帰りから一緒に駅まで歩いた。…いや、何か、嬉しい。そう思ってしまう。
鷹は普段から表情の幅が少ないことにこのとき感謝した。先輩に変な顔を見られたくないというのは、男のちっぽけなプライドだろう。
しかも電車の中まで一緒だった。反対方向だったら駅のホームでお別れだと思っていたのに、今日は嬉しいことばかりだ。
先輩とこうやって話ができるのが、また嬉しい。
「アメフト部は毎日本当大変だよねーこんな時間までとは」
「いや、僕がちょっと自主練やってたせいですよ」
「…え、本当?」
「はい」
大和の練習に付き合ってると自然と遅くなってしまう。別に悪いことでもないから基本的に誘われたら付き合っていた。
感心したような顔と声を出されて、ちょっとだけ鷹は自分の頬が赤くなるのを感じた。別に、そこまで凄いことだとは思っていないからだ。
勝手に決め付けるようなことを言う奴らには腹が立つのに、先輩から「凄い」と言われるのは本気で照れる。できることが凄いと言うのではなく、この人は自主練をしているのが凄いと言うのだから、自分自身を認められているようで嬉しかった。…親からやるように組み込まれている、習慣なのだけれど。
他愛もない話ばかりだったけれど、特に無言が続くわけでもなく、会話は進んだ。
自分の口下手を理解している鷹は、それがどれだけ凄いのか驚きながらも、初めて他人のことをこんなにも知りたいと思いながら口を開いていた。
「先輩って、出身は都心のほうですか?」
「え、あー…、ううん。根っからの大阪人だったりします」
「…そうなんですか?」
本当に?そう鷹は思う。関東から引っ越してきたというほうがしっくりくる。意外だ。
「小さい頃ね、私ニュースのお姉さんになりたくて」
「はい?」
「お母さんに言ったらさ、『したら、標準語喋らないかんのやで』って言われてね」
「……」
ああ、なるほど。鷹は先輩の言いたいことが解った。
「小学校の頃からすっごい頑張ったの。もう女優さんとか、ニュースのお姉さんとか、テレビの真似ばっかりしてね。しかも標準語を真似るんじゃなくて、喋り方を真似てたときもあってさー、何か、小学生のくせに変な大人っぽい言い回しとかしたり…。まあ今じゃこれが普通になっちゃったんだけど」
やっぱ変だよねえと、照れたように先輩は笑った。それを言ったら、自分も大和も変だろう。
「本庄君は、やっぱり関東の人?」
「いえ、僕は京都です」
「え、嘘」
「親の都合で都心のほうに行くことも多かったのと、やっぱり本読んでると標準語になるんで」
「はー、なるほど」
京都弁…じゃないか、京ことば?って何か良いよねと、先輩は続ける。何が良いのかあまり解らないが、そう思われるものなのだろうか。どうにも郷土愛なるものがないので、方言を褒められてもあまり感慨が沸かない。
「東京の人かなーと思った」
「でも珍しくないんじゃ?」
「うーん、行ったことないからさー」
「…大阪の人は、小学校とかの修学旅行は東京に行くんだとばかり思ってました」
「ああー、行く学校は行くみたいだよ。うちは京都だった…」
「…近いですね」
「ねえ」
東京タワーとか、横浜の中華街とか、ディズニーランドとか行きたいという、女の子らしい言葉が出てきた。自分もそうだったが、花梨の小学校と中学校も確か東京に行ったりしたと言っていたから、そういうものなのかと思っていたが違ったみたいだった。東京の学校が京都周辺に行くように、正反対の方に行くのかと思っていた。
そんなことを話して、時間を潰した。
女子と話をするのは苦手だと思っていたけれど、やっぱり好きな人だと違うみたいだった。いや、苦手は苦手なのだけれど、それでも話せて嬉しかったし幸せだった。頭は妙に冷静なのに、気分は高揚していた。試合のときにすら体験したことがないかもしれない。でも、何か変なことを言ってないか気になっているのにそこまで頭は回らなかった。
電車が来るまでの時間が、長いようで短かった。