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帰宅ラッシュの時間なのを、そのときまで二人して忘れていた。

「うわ、そうだった…」
「凄い多いですね」
「あー、嫌だけど頑張ろうー」

しかめた顔をしながらも、先輩は乗り込んだ。続いて乗るが、場所取りに困る。先輩の後ろ、…は不味いんじゃないだろうか。横?かと言って正面で向き合うのは多分色々辛い。恥ずかしい。目が合わせられないのが今から予想できる。
そんなことをグルグル考えていたが、結局後から乗り込んできた人たちに押し込まれてどうにも動きづらくなってしまった。
当たり障りのない場所だと思うけれど、結局先輩と近くて目線を逸らすには中々難しい位置。何とか顔を見ながら喋ろうと鷹は腹を括った。

「ごめん荷物当たってない?」
「大丈夫ですよ」

寧ろ先輩こそ無理してないだろうか。自分は男だから別に構わないけれど、やはり女性で、かつ好きな人だと平気かどうかのほうが気になる。辛くないだろうか。場所的に手すりにも吊革にも掴まれない位置にいるので、先輩は立ってられるのだろうかと不安になる。自分は身長のお陰で何とかなるけれど。
しかもこういう満員電車の中だと何故か会話がなくなったりする。ちょっと気まずい。でも近くに人がいるから話をするにも周りの目が気になるというのも、あったりする。

「本庄君はいつもこのくらいの時間に帰るの?」
「まあ、着替えとか片付けとか遅くならなければ大体これくらいですね」
「大変だね」

私はラッシュが嫌だから、帰れるなら学校終わったら直ぐに帰っちゃうなーと、笑いながら先輩は言う。心なしか声が控えめなのは、やはり満員電車だからだろう。鷹自身も少しだけ声のトーンが勝手に落ちていた。

カーブに差し掛かったのか、少し大きめに電車が揺れた。
先輩の身体が揺れてこちら側に来るのだけ、スローモーションで見えた気がした。いつものように足腰に力を入れて踏ん張って、頭の中は少しだけ冷静に、先輩の身体を支えないといけないことだけ考えた。



***



「じゃあ、お疲れ様。またね」
「はい、また」

乗り換えの駅で先輩と別れる。手を振る先輩とは逆に、自分は会釈をした。
1個2個の年の差はあまり関係ないと思っていた。だって自分よりも高く跳ぶ先輩なんていなかったから。でも、先輩にはちゃんと先輩だと思って接することができた。別にもの凄い年上っぽい雰囲気はないけれど、何となくきちんとしていないといけないと思っていた。
それは先輩が好きな人だからなのかもしれないけれど。

鷹は自分の最寄り駅までの路線に向かいながら、夢見心地のように気分が高揚していた。
電車の中で自分の方に倒れてきた先輩は細かった。軽かった…という小説のようなことは思えなかったけれど。何せ電車の揺れで倒れてきたから寧ろ痛かった。ちょっとだけ足を踏まれた。いや、きちんと謝られたけれど。

『ごめっ、わわ』
『…大丈夫、ですか』

揺れの反動で逆方向にまた傾く先輩を咄嗟に支える。腕だか肩だかを掴んだが、この場合不可抗力だろう。役得だとも思ってしまった自分は、まだ思春期の男子学生だ。しょうがない。
細くて柔らかかった。二の腕が胸の感触と同じだということを今更思い出して、ちょっとだけまた支える場面を思い返した。

『ごめんね、吊革掴まれなくて』
『いや、その場所だと無理ですよ』

気にしないでほしいという旨を伝えて、先輩を支えていた自分の手を離した。彼氏になれば、謝らずに彼女の肩を抱けるのだろう。それができる人間がいたら、羨ましくて仕方がなかった。いないことを祈るばかりだ。いても別に先輩を好きなことは止めないけれど。

先輩は細かった。自分よりも、仲間のアメフト選手よりも。花梨とはどうだろうか、解らなかったけれど見た目通りの体型だった。
自分もアメフトをやっている身としては、細身の部類だと思っていたけれど、やはり女性の先輩は、もっと細かった。可愛らしかった。

何故だか無性に好きだと思った。近くにいたからかもしれない。図書室で話すよりも、たくさん話せたからかもしれない。目を見れたからか、肩を掴むことができたからか。先輩を助けることができたからか。こんなことで幸せになれた。
先輩をもっと好きになれた気がした。

けれどもそんなことばかり考えていて、寝てもいないのに最寄り駅を通り過ぎたのは流石にどうかと鷹は思った。

(…起きてたのに乗り過ごすって…)