定期試験の最終日。
やっと定期試験が終わって、長期休暇の夏休みがもう直ぐやってくる。私立の高校は試験が終わって、ほぼ直ぐに夏休みのような扱いだった。テスト返却のときだけ登校して、それ以外は授業も何もない。返却されたら後は終業式だけだった。
まあ部活があるので別に関係はないのだけれど。できる時間が長くなるのは良いことだと思った。身体を動かすのも好きなので、勉強をずっとしているよりも部活をずっとしているほうがまだ楽しい。合間合間に本が読めれば最高だった。
その夏休み中に読む本を大量に借りようと、鷹は図書室に足を運んでいた。
長期休暇中に借りられる本は5冊までと決められていた。正直足りない。夏休みがどれだけあると思っているのだろうか。冬休み程度ならこの冊数でも解るが、何故か夏と冬の借りられる上限は一緒だった。謎だ。
(久しぶりに長いのを借りよう。ミステリー、ファンタジー、シリーズ物…。……5冊だけって本当少ないな…)
有名な魔法物ファンタジーですら全部借りられない。直木賞受賞作品でも借りようか。どうしよう。
…やっぱり、先輩に聞いた本を借りようか。この間、電車に乗る前に話していたことを思い出す。
『好きな本かー、うーん、色々読むけど…』
でも本庄君のほうが色々読んでるよね?と聞かれるが、図書委員の人のお薦めが知りたいと、もっともらしいことを返してみた。
聞いてみたかったことだった。先輩がどんな本を読んでいるのか。好きな本はどんなものなのか。好きなジャンルや、作家はいるのだろうか。先輩が何か感じた本を自分も読んでみたかった。先輩と同じことを共有してみたかったのかもしれない。
『やっぱりファンタジーとか、ハリポタはね、読書するきっかけになったよ』
『多いですよねそういう人』
『本庄君は違いそう』
『最初は暇つぶしでした』
だから活字も漫画も読む。知識量が増えるのは自分の糧になっていてためになる。
『そういえばこの間受付で漫画読んでませんでした?』
『ああ、読んでた読んでた。百人一首の解釈漫画。だから置けたんだけど』
医療系や学業に関係あるものなら漫画でも置いていたりする。それを読みに来る生徒もいなくはない。そんな漫画もあることを知っている生徒がどれほどいるかは知らないけれど。
『アレは結構面白かったよー。古典って苦手なほうだけど、こういう解釈するのかーと思ってね』
あとそのときの時代背景とか簡単に説明してあったから、そういうのも面白かったかな、と先輩は続けた。普通の漫画もあれば読むけれど、確かにそういう中身なら読んでみても良いかもしれない。先輩が言うなら、今度借りてみようとそのとき思った。
『あとね、何か憧れるかな、百人一首。…というか、和歌が、かな。恋の和歌とか凄いと思うんだよね。今の世の中じゃ考えられないし。その人の字で、告白されるの。決まった字数の中でその人のために考えてさ、最初は手紙しか送れないわけだし。まあ口頭のみもあるけど』
その人の想いで、その人の字で、告白されるの。そういうのは、素敵だと思う。
駅のホームでうるさかったけれど、先輩の言っていることがやけに耳に響いた。ああ、先輩はやっぱり女の人なのかもしれない。そういうのに、憧れてるって、ことなのか。
変なこと言ってごめんねーと苦笑しながら言われるけれど、そういう先輩の考えが、頭に嫌でも残る。
そんな風に思わせるものがあったのだろうか。百人一首はかじった程度しか知識がない。百首覚えているわけでもないし、ただのカルタ遊びとしてやったことがあるレベルだ。先輩が、そう思えるようなものなのだろうか。興味がなかったから、何も知らない。これから先輩の見て考えた世界を体験するのも、良いなと思う。
(…百人一首って、やっぱり古典の棚?)
しかし先輩が読んでいた漫画がそこにあるだろうか。そもそも漫画だと数十分で読めてしまう。折角の長期休暇に入るのだから、ちょっと分厚い本を借りたいとも思ってしまう。…その百人一首の漫画はいっそのことこの図書室で読んでしまおうか。見つかったらだけれど。
(あ)
迷いながら図書室を回っていたら、ここ数日図書室で何度も逢っていた人の姿が見えた。
試験3日前に図書室で逢って、それ以降は試験期間中も何度も図書室に足を向けた。逢えても隣に座れることはその後1回しかなかったけれど、逢う度に声をかけたり、時にはかけられたりした。かけられたときの舞い上がり具合と言ったら言葉にできない。
試験に集中しないといけないのに、先輩が好きだという気持ちが膨れていった。時折意識がそちらにばかり飛んでいた。
だからと言って試験の出来が悪かったわけでもないけれど。寧ろ図書室で頑張れた気がした。
逢う度に思った。やっぱり好きなんだと。
先輩が誰よりも綺麗に見えたし、何だか世界の見え方が変わった気がした。世界が明るくなるってこういうことなのかと思った。
好きだと思った。もっと近づきたいと思った。
電車のときみたいに隣に立てたら。掴まられて支えるようなことではなく、自分から支えて守れるようになりたかった。
また逢えた今日、やっぱり先輩が好きなんだと、高鳴る胸のお陰で再確認した。