定期試験が終わったというのに、先輩は窓際の席を陣取ってノートとテストを広げているようだった。
机の上には教科書やノート、筆記用具。人が少ないせいか鞄は隣の席の机に置かれていた。
直ぐ近くに行っても先輩は気づかなかった。ノートを広げているけれど、手は全く動いていない。
(…疲れているのかな)
居眠りを見るのは初めてだ。他の図書当番が眠っているのや、勉強途中で舟をこいでいる受験生も見たことがあるけれど、先輩がしているのは初めてだった。
ふと見てみたら、試験の自己採点中だったようだ。…人のことを真面目だ真面目だと言っているが、先輩の方が真面目じゃないだろうか。答案の返却もしてくれるし解説もしてくれるのに、自分で答え合わせをするのは凄いと思える。気になる答えは鷹も調べるが、それ以外は別に気にしない。問題を回収されることもあるから、全部をやる気にもなれない。
それで、疲れて眠ってしまっているのだろう。
先輩の隣の席に座って、自分が選んだ本を少しだけ読んだ。机には先輩の鞄が置いてあるので、極力触らないように気をつけながら。
結局先輩の言っていた百人一首の漫画は見つかっていない。先輩がまだ借りているのかもしれないし、他の人が借りているのかもしれない。もしくは探し方が悪いのかもしれないが、それは今度先輩に尋ねるきっかけになるから、そこまで本気で探さなかった。普段そんなことしないけれど、好きな人だと変なところがずる賢くなるようだ。
本を読みながらも、気になって時折先輩を横目で見てしまう。
(本気で寝てるのか)
頬杖つきながらでこんなにも寝れるものなのかと、変に鷹は感心した。でも先輩の横顔を見るのは好きだった。これはこれで役得だと思う。
好きだな、とまた思った。
ふと、先輩のノートとシャーペンが目に入った。少しだけ思案して、悪いと思いつつも勝手に借りる。
『その人の想いで、その人の字で、告白されるの。そういうのは、素敵だと思う』
先輩の言葉がまた頭に響く。
意識してほしかった。別に最初はちょっと話せるだけで良かった。少しだけ近づけた今は、自分を見てほしかった。けれどもまだ自分の立ち位置が微妙なのが解っていたから、勇気が出なかった。意気地なしだ。
それでも、先輩を見ていることを伝えたかった。
***
借りたシャーペンとノートを元の位置に戻して、鷹はそこからまた本を探しに立った。
この際もう気になっていた本を5冊纏めて借りてしまおう。薄いのから分厚いのまで、とりあえず最近気になっていた本全部抜き出して、司書の人がいるカウンターへと足を運んだ。いつもは先輩が当番の日にしか借りないけれど、定期試験期間に入ると当番がなくなってしまう。
しょうがないから今日来たけれど、これはこれで良かった。先輩の寝顔というものを見てしまったし、ちょっとした行動を起こしてしまった。先輩が気づいてくれたら良いなとも思うし、気づかなくても良いとちょっとだけ思っている。恥ずかしいことをしている自覚はあった。
本の貸し出して続きを終えて、先輩のいる机の方へ顔を上げる。まだ先輩は寝ていた。
頬杖つきながらで大丈夫だろうか。手首とか辛くなるんじゃないだろうか。でも起こす勇気はなかった。疲れているなら寝かせておいたほうが良いとも思った。起こすにしたって声をかけるくらいしか思いつかない。
ちょっと名残惜しいと感じながら、後ろ髪引かれるように鷹は図書室から退出した。