夏休みが始まった。
定期試験、試験返却、終業式と順に終わり、1年で一番長い休みだ。だからと言って別に部活以外はすることは特にないのだけれど。
時間があれば読書をするのは変わらない。トレーニングはもう日課で習慣だ。
図書室は日付が決まっているけれど開いている。けれども生徒は当番をしていない。先輩がいないなら行かなくても良かった。
そもそも今逢ったら自分はどんな反応をするのか微妙だ。
青くて高い空の下、今日は外で練習だった。
暑い。汗をかいて匂いがこもる。いつもと同じように練習して、結局同学年も先輩にも相手ができる人なんていない。やっぱり最後は大和を相手にして練習する。
トレーニングと部活中は何も考えていなかった。それ以外では夏休み前に比べて先輩のことを考える時間が格段に増えた。まだ先輩のことを好きになれる部分があるようだ。
(…部活はしてないみたいだけど)
バイトでもしているのだろうか。本屋の店員だったら多分その本屋にしか行かなくなる自信がある。
部活の休憩時間中でも、そんなことばかり考えていた。ふとした瞬間に先輩を思い出すのだから、重症だ。
(何をしているのかな)
バイト、勉強、読書、遊び、一体先輩はこの長い夏休み中、何をしているのだろうか。
少しでも夏休み前に書いた、「あのこと」について考えてくれていたら良いのに。鷹は何度もそのことを思った。
何度も何度も、先輩のことを想った。
(…夏休みが、早く終われば良いのに…)
鷹は生まれて初めてそう思う。
トレーニングも読書も大量にできるから長期休暇は普通の学生と一緒で鷹も好きだった。けれども、早く学校が始まれば良いと、今はそう思っている。私立の休みは長すぎる。次に先輩に逢えるのはいつだろうか。遠い未来のことのように、鷹は思えた。
早く先輩に逢いたい。
逢ってどんな顔をすれば良いのか解らなかったけれど、それでも逢いたかった。
『好きです』
ノートに書いた言葉。ただそれだけしか書いていない。名前も書かなかった意気地なしの言葉。でも想いは本物だった。
好きです、先輩が、好きです。
そう思いながら、先輩のノートに書いた。書いたときは気づいてくれなくても良いと思っていたのに、今は気づいてほしいと思っている。名前も書いていないし、先輩は自分の字なんか知らないだろうに、それでもそんな理不尽なことを思った。
自分だと気づいてくれたら、先輩はどんな行動をするのだろうか。
それがちょっと怖くて、でも気になっていることだった。彼女はどんな反応をするのだろうか。
先輩が彼女になったらデートしたいとか、手を繋ぎたいとか、そういうことはあんまり考えていなかった。ただ好きだとしか考えていない。ちょっとだけ考えてもみるけれど、何だかまとまらずに結局図書室でいつも見ている先輩しか出てこなくなる。電車の中での先輩も思い出して、思考も止まる。
ただただ好きなだけだった。気づいてほしかった。
休憩時間が終わって、鷹はまたヘルメットを被る。この時期はヘルメットを被るのもあまり好ましくない。自分のものでも臭いが酷い。
ヘルメットを被り終わって、少しだけ狭い視界の中鷹はまた高い空を見る。どちらかと言うと冬の空のほうが空気が澄んでいて高いし、色が綺麗だと思うけれど、夏は夏で独特な感じが鷹は好きだった。
汗が流れるのが解る。今年も、いつものように暑い夏だった。
…多分、一番長い夏に思える気が、した。