夏休みはすることがない。
でも学校に行かなくて良いから好きだった。休みが嫌いな学生がいるのだろうか?そう思う。
しかしの夏は、休みだの何だの関係ない。
「…つよしちゃん、ちょっと烈ちゃん、いつまで続くんコレ」
「あ?インターハイ終わるまでに決まっとるやろ」
「最悪」
「何つった今」
「いーえ何にも」
幼馴染とか言われる、目の前の柄も目つきも悪い男に睨まれるが、とりあえず流しておく。ああ本当に面倒くさい。
中学の頃からそうだった。暇なんだろうと勝手に決め付けられて、幼馴染のこの1個上の男にバスケ部のマネージャーとして借り出される。中学は一緒だったから、無理矢理マネージャーをさせられていた。正直泣いた。何でこんな男の言いなりになっているのかと。でも何故か本気で嫌だとは思っていなかった。ミニバスをやっていたせいかもしれない。バスケは見るのも好きだった。
頑張っている男の人たちを見るのも、別に嫌いじゃない。
けれども高校は別々になった。当たり前と言うか、何と言うか。成績が違うのでこうなったまでである。中高一貫だったけれど、は帝黒学園に高等部から入学した。
やっとあの傍若無人な男から解放された!そう思って好きな本を読みながら図書委員をやり、学生らしくちょっと勉強に励み、友達と馬鹿やって、ちょっとバイトなんてしてみたりしちゃったりして。そんなことを思っていたのに。
高校に受かった次の日だった。
『受かったんか。なら暇やろ』
『は』
『うちの高校のマネージャー全く使えんねん』
『え、ちょっ』
そんな会話しかしていないのに、結局幼馴染の高校のマネージャーをやる羽目になっていた。合格祝いも何もないくせに高校に受かってから、入学するまでずっとである。
何で毎日のように部活があるんだ阿呆か。中学の頃からずっと思っていたことを、この男が卒業してからも思うなんて思わなかった。(流石に自分が中学3年のときは受験生ということを配慮していたのか、受かるまでは本当に接触も何もなかった)
そんな高校1年の春。入学して図書委員になり、定期試験はちょっと頑張り、そうして夏休み。私立の夏休みは長い!幸せ!いっぱい本読もう!好きなことしよう!そう思っていたのに、結局また幼馴染に連れられてマネージャー業をやっていた。別の高校で。
そうして気づいたら、長期休暇と言われる休みは全部何故か別の高校のマネージャー業をやっていた次第である。
高校1年生の春、夏、冬。高校2年生の春、そうしてこの夏。
しかも今年の夏は、この男が3年で最後のインターハイである。夏休みの合宿にも自然と力が入る。
府大会2位だけでも凄いのに、更に上を目指すのだから凡人の自分には理解不能の範疇である。
ミニバスはやっていたが、ほとんど素人同然の自分をマネージャーにしているこの高校のバスケ部の考えていることも、自分には範疇外のことである。
「ちゅーても、インターハイって8月直ぐで終わるやん。その後は流石に私も好きなことするで」
「ああ?」
「学校の宿題多いねん。しかも烈ちゃん居らんのに私が居っても変やろ」
「あ?俺は冬まで出るで」
「はあ!?」
「夏休みはどうせ暇やろ。うちでマネージャーやっとればええやん」
「宿題ある言うたやろ!」
「自分なら何とかできるやろ」
死ね悪魔!だからエースキラーとか言われるんだ!
…言われるのがあんまり好きではないと解っていても、そんな悪態を吐いてしまう。
ああもう、本当に、宿題もあるし、考えたいこともあるというのに。特に考えたいことなんて、たくさん、あるというのに。
ぶつぶつ文句を言いながらマネージャー業をやり、ふとした拍子に自然と夏休み前のノートのことを思い出してしまう。…思い出しても頬が熱くなる。気温の暑さのせいだけじゃない。手の甲で思わず頬を触ってしまう。
綺麗な字だった。自分の汚い字が浮き彫りになってしまうくらいに。
しかしそんなことを考えていると選手たちが休憩に入ってしまう。ドリンクとタオルを渡したり、蜂蜜漬けのレモンを提供したり、休憩が終わればタイムを計ったりパス出し要因として出される。スコアも記入して、テーピングも手伝う。
考えたいことを思うことなく、気づいたら一日が過ぎるのである。本当に、本当に悩んでいることなのに、この幼馴染のせいでとんだ迷惑を被った。
「烈ちゃん、私終わったから先帰るで」
「ああ、明日は午後からや」
「はいはい」
しかもこの幼馴染、紳士とは真逆の男だった。解っていたけど、本当にイライラする男だなあと毒づく。まあ一緒にいて変な噂が立つのも困るので別に良かったけれど。
は一人悶々と考えながら家へと帰宅するのが常になっていた。
家に帰ってきてから、自分の部屋で何度もノートを見返す。
自分のこの汚い字を見られているのが恥ずかしい。ノート上端にある綺麗な文字と、ノートの罫線部分にある自分の字を見て地味に落ち込む。何なんだこの綺麗な字は。こんな字の下に自分の字があることが嫌だった。こんな字を見られているのも嫌だ。
本庄君だったら良いのにと、何度目か解らないことをまた思う。
別に最初は何とも思っていなかった。ただの後輩で、図書室の常連さん。綺麗な顔と髪の毛だと思った。身長が随分高くて、あのアメフト部で凄い人。ボールを捕る姿は、本当に歩いているような跳び方だった。細身だけれど筋肉質で、スタイルはとても良い。やっぱり男の子なんだなと思わせた。
どっちかと言うと好みの顔立ちだった。満員電車でのことは嫌だとは思わなかった。
もしもこのノートに書いた字の人が、本庄君だったら良いのにと、何度も何度も思っている。
そんなことを思ってしまった時点で、ああ、好きなんだと、気づいてしまった。
いつの間にか好きになっていたみたいだ。
(学校行けば、アメフト部見れるかな)
それともやはりこの時期は大会とか試合とか、たくさんあるのだろうか。帝黒学園のアメフト部だ、遠征してる可能性もある。学校に行って部活が見れるかは微妙な気がした。ああでも、見れるなら行っても良い。
あの綺麗な後輩君を見れるなら、暑くても良い。行きたいと思った。
しかし幼馴染の烈ちゃんは、宣言通りインターハイが終わってもを解放する気はなかった。
(最低!最悪!不良!!)