秋大会が始まった。
まあ別に自分としてはあまり関係はないのだけれど。侮る云々というよりも、実力的に解っていることだ。この府大会から始まり、全国大会決勝のクリスマスボウル、そこでの全国優勝は、揺るがぬことはないのだろう。
憶測でしかないけれど、大和から点を取れる人間が日本の高校レベルでいるとは思えないし、自分よりも高く跳んでボールをキャッチできる人間もいるとは思えなかった。それは今までの大会経験からも、部活動での経験からも解ることだ。もしかしたら東にいるのかもしれないけれど。けれどもその「もしも」という確率に会えるのもどれほどのものか。
府大会は順調すぎるほど順調だった。相手になる高校がまずいない。正直楽しいと思えた試合なんて、一つもない。
アメフトが楽しいかと言われたら、多分今まで楽しいと思えたことなんて一度もない。ただただ親の言われた通りに野球をやって、走り幅跳びで記録を出して、アメフトに転向してきた。相手がいなかったからだ。どの種目でも、面白いと思えた相手も、楽しいと思えたこともなかった。ただただそれが自分にとっての日常でやるべきことだった。
どれだけ努力しても、楽しいと思えたことはないし、褒められたこともない。本庄選手の息子というレッテルだけを貼られて、スタート地点が違うと言われてしまう。陰口にすらなっていないことばかり言われて、正直飽き飽きしていた。そんなことを言う暇があるなら走りこみでも筋トレでもすれば良い。その程度のこともしてないから負けるということに、言ってる本人たちが気づいていない。
気づいていなくても、自分の精神面はちょっとだけ傷ついていた。負け犬の遠吠えなのは解っていても、勝手にレッテルを貼られて色々言われるのは不愉快だ。自分が望んでこの家に生まれたわけでもないし、好きでこんなこと全部やってるわけでもない。
人形のようだとも思うが、だがこうやって親に仕込まれて生きてきてしまった。今更どうすれば良いのかなんて解らなかった。
嫌なら止めれば良いだけなのは流石に高校生になれば解っていたけれど、それでも何故だかアメフトを止めることはなかった。多分まだ、高校アメフトで全国一になっていないから。
多分、ただそれだけ。
***
「府大会優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
図書室で先輩と話す機会が増えた。それは自分からもあったし、先輩からもあった。先輩から話しかけられることが増えたのが、とても嬉しかった。
大会中は何故だか心身共に妙に冷えているのが解っていたから、先輩と話をしていると気分が安らいでいるのを感じた。親といたって別に安心するわけでもないし、大和たちといてもそんな風に思えない。
ドキドキするけれど、安心できた。一緒にいたいと思える女性は本当に初めてだった。
(…まあ、一緒にいたいと思ってもそんなに話題がないんだけど)
自分は別に話さなくても平気だけれど、先輩がそうとは限らない。気まずくなるくらいなら、このくらいの距離で話をするのも良いと思えた。
「朝礼に出れるのはやっぱり部長だけなんだ?」
「そうみたいですけど、全国優勝したらスタメン全員上がれるかもしれないですね」
「…やっぱり全国優勝は射程範囲内なんだ?」
「?ええ」
「凄いね」
今日の朝礼を見ての、おめでとう発言だった。アメフト部と何の係わり合いもない先輩が知っていることは、大抵全学年が知っている。
先輩の発言にちょっとだけ違和感を覚える。やるならやるで、全国一だろう。だからこそ帝黒学園に入ったのだし。
「応援してるね、図書室の常連さんだし」
「はい、ありがとうございます。…頑張ります」
全国一の揺るがない自信と根拠はあった。けれども、それ以上に初めてやる気が出てきた瞬間だった。