秋大会中、自分のモチベーションが下がっているのには、気づいていた。
気づいていたからこそ、先輩が拠り所になっていたのに。
その日は学校の関係で部活がない日だった。久しぶりに早く帰れるが、家でトレーニングをしなければならない。
宿題が出ているからトレーニングを終えてからやろうか、先にやろうか考えながら鷹は校門に向かっていた。
もっと早く帰れば良かったとか、もっと遅くに教室を出れば良かったとか、後々考えた。その光景を見て、本気でそう思った。
「ほんま信じられん!」
「いい加減うっさいわ」
聞き間違えるはずがなかった。図書室では静かな声しか聞かない。電車を待っているホームでは、少しだけ大きめな声で喋ってくれた、あの声だった。先輩の、声だった。
思わず声がしたほうに身体ごと向けた。
「普通こういうの顧問がするもんやろ」
「その顧問が忙しい言うから俺が来とるんやろアホやな自分」
「アホはどっちや!何で今の時期まで部活やってるんほんま意味解らん!!」
帝黒ではない制服を着た男と、先輩が喋っていた。
先輩が、関西弁で、喋っていた。
標準語で喋るのが普通になっている先輩が、関西弁で、知らない男と、あんなにも砕けた喋り方をしている。自分の目が少し信じられなかった。何だろうか、この今見えている光景は。聞こえている音は。
あんな先輩は、知らない。
鷹は図書室での先輩と、放課後の帰り道で少し話をしただけの関係だった。学年が違うから自分はため口はきけない。部活ではないからだ。そんな軽い存在じゃなかった。見てるだけで幸せだったこともあったから、敬語は抜けない。先輩も自分を後輩として扱ってきている。それは、解っていたことだった。
解っていたことだったのに。
「勉強しなよ烈ちゃん!」
「しとるわ」
「嘘やろ!どうせ保健体育とか言うんやろ!」
「解っとるやないけ」
「アホか!!」
受験勉強しろゆーとんのや!そう言っている先輩は、知らない人みたいだった。関西弁だったのもあるけれど、違う学校の制服を着た男といるせいかもしれない。
表情も違うかも、しれない。あんな先輩は知らなかった。
図書室で静かに仕事をして、微笑んでくれる先輩しか知らない。後輩として構ってくれる先輩の顔しか、知らない。あんな顔をしながら、関西弁で話をする先輩は、知らない。
先輩と知らない男のやり取りを見ながら、何かが胸の奥に降り積もってドロドロしていくのが解った。痛いのかもしれない。よく解らなかった。色で表すなら、多分ドス黒い。身体が急に重くなった気がした。息もし辛いし、目を逸らしたいのに全く動かなかった。見たくないのに、二人のその光景を見続けてしまう。
(…先輩、彼氏、いたのか…)
しかも年上の。
久しぶりに、ショックを受けた。