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もしかしたら、とか考えてた。
もしかしたら、付き合えるんじゃないかとか、考えていた。何だかそれがとても恥ずかしい。

自分が勝手に好きになっただけなのに、ちょっと優しくされたり笑って話をしてもらえると、何故だか相手も好意を持っているんじゃないかと思えてしまった。よくよく考えれば、それは図書室の常連で後輩だからなだけだろう。ちょっと廊下で話ができたり、放課後一緒に帰ったり、話しかければ会話してくれて、最近じゃあっちから話しかけられることも多くなったからって、調子に乗っていたのかもしれない。

あんな、この間見た先輩の顔は、知らない。
先輩として接してくれている先輩の顔しか、知らない。
知らない顔の男と一緒に関西弁で喋っていた先輩。親しげで、相手は会話からして先輩よりも年上だった。年の差というものをあまり考えたことはなかったけれど、このとき初めて自分が年下なのを悔しく感じた。今までは、野球でも走り幅跳びでもアメフトですら、先輩も後輩も関係なかったのに。年なんて、ないものにできたのに。
あの男は身長も高かった。自分も高いほうだけれど、どうだろうか。顔、は、…先輩は、ああいう顔が、好みなのか。

先輩の趣味をとやかく言う筋合いはないが、正直驚いた。どちらかと言えば、不良な顔つきの男だった。
でも身長や筋肉の付き方からして、多分スポーツをしているのだろう。…夏休みは、あの男の部活を、先輩は見ていたのだろうか。

先輩はあの男とどんな話をするのだろうか。本の話、スポーツの話、それとも全然別の話だろうか。
あの話し方を見てれば、どんな話でもしているのだろう。本当に、あんな砕けた話し方は聞いたことがない。友達とも、あんな風に話すのだろうか。知らないことばかりで嫌になる。今更すぎる感情だった。

好きだった。今まで生きてきた中で、初めてこんな感情を味わった。
色づいたのは本当だった。誰よりも先輩が綺麗に見えた。
今も、それは変わらない。

先輩が知らない男と話している場面が目から離れない。自分が、その位置にいたかったのに。
冗談を言い合いたいとか、先輩に怒られたいとか、先輩よりも年上になってリードしたいとか、そういうのじゃなかった。ただ、先輩のその隣にいたかっただけ。
先輩の隣で、先輩の目を見ながら、話ができる位置が欲しかった。

この気持ちに気づいてほしくてノートに書き残したのに、意味がなかった。名前を書いていないし、それからアプローチもしていないのだから当然だった。
後悔しかなかった。何で、もっときちんと名前を書かなかったのだろうとか、その後別の行動をすれば良かったのにとか、たくさん考えた。
考えて結局、彼氏がいるのなら別に意味がないという結論に、なってしまう。
今更本当に意味がなかった。こんなことを考えているだけ無意味なのだろう。

でも、先輩に逢いたくて結局図書室に来てしまう。

好きなことは止められなかった。それだけは、どうしても無理だった。自然と好きになっていたから、無理矢理止めるなんてできなかった。
今までと現状は変わらない。自分が片想いな現状が、変わらないだけ。
付き合えたら、という希望は消えたけれど、ただただ自分が先輩を好きなことは、変わらなかった。