帝黒学園は今じゃ珍しいかもしれないが、3学期制の学校だ。
2期制の話は色んなところから色々聞くけれど、鷹自身は別にどっちでも良かった。やることは変わらないし、時間は皆平等に一日24時間だ。
だけれど、2学期に入って直ぐに中間が始まるような感覚だった。部活をしていると一年があっという間のように感じる。小学生の頃はもう少し一年が長く感じたというのに。
中間は期末に比べたら主要5科目しかないから楽だった。授業のところしか出ないのだし、対策は立てやすい。勉強もしやすくてありがたい限りだった。
今回は顧問の関係上、他の部活よりも1日早くアメフト部は試験休みが始まった。休みが早く始まる分には全く文句はないし、何より先輩に逢えるだろう時間が増えるのは鷹からしたら良いことだった。
1学期と同じように、鷹は図書室に勉強に来た。勉強自体も目当てだけれど、今日はまだ試験休みに入ってないので、この曜日は先輩が当番をしている。昼も来て本を返したけれど、放課後も逢えると思って来てしまった。流石に今本を借りるわけにはいかないので本当に勉強するだけだけれど。先輩に逢えるなら正直どうでも良い。
良いじゃないかこれくらいの下心。先輩に彼氏がいようが好きな人がいようが、自分だって先輩が好きなのだ。近かろうと遠かろうと見たいという欲求はどうにもできない。解消したほうが自分のためだった。
荷物全部を持って図書室に入ったが、昼休みと違って先輩はカウンターにはいなかった。司書の人がいるだけだった。
(…いや、残念とか思ったら失礼だ)
しかし心の奥底からガッカリしている自分がいる。司書の人には申し訳ないが本音はどうしたって出てくる。先輩じゃないのか。先輩はいないのか。何で司書の人。
普段先輩しか見ていないせいか、司書の人がきちんと仕事をしているように見える。不思議だ。
癖なのか、先輩じゃないのが解っているのにとりあえず受付カウンターに会釈をした。
(…あ、まだHRの時間なのかな)
鷹のクラスの担任はどちらかと言えば帰りのHRは早めに終わるタイプだった。
HRが長引いていて掃除当番だったりしたら、まだ来れない時間だろう。何だそれならしょうがない。
とりあえず鷹は場所取りのために動いた。
きちんとした個人個人の勉強机に向かっても良いが、それだと先輩が来るかどうか見えない。いつもとは逆で、先輩が図書室に入ってくる様子を見るのも楽しいのかもしれないと思って、入り口が見える長机に荷物を置いた。
これはこれで荷物を広げられて便利だ。周りが気になるけれど。
集中するとあまり関係ないのでここに決めた。
直ぐに来るだろうと思って、あんまり集中できないのが解っていたので試験範囲と日程の確認をとりあえずし始めた。
(…そうだ英語と世界史一緒なんだった)
何だって暗記科目を並べたんだろうか。準備はしてあるけれど、それでも憂鬱なのは変わらない。英語の長文読解するにしても単語の暗記が必要不可欠で、この学校は時折センター試験の過去問を引っ張ってくるから厄介だった。何で教科書の範囲から出さない。世界史に関しては言わずもがな覚えないと始まりすらしない科目である。
英語の文法だって覚えないといけないことは多い。大和に英語の勉強のコツを聞いたことがあるが、やはり基本的なことは覚えるしかないようだった。血肉になるくらい子どものように何度も反復練習すれば文法も何も必要ないかもしれないけれど、ある程度大人になっているとやはり土台はないと駄目だと、あの無駄に爽やかな顔で言われた。憂鬱以外の何ものでもない。
そうやって確認をしている間も何人か図書室に入ってきたけれど、待ち人は来なかった。
(待ち人って、思うのはまた違う気がするけど)
見れれば良いのだから待ち人とはまた少しだけ違う気がするのは、鷹のただの一方通行だからだろうか。本当に、一目見れればそれで結構満足したりする。会話が出来れば大満足だ。幸せだと思えるし、自然と笑ってしまう。そうやって後々会話をしたことを思い出して、また幸せな気持ちになるのだ。
話せて良かった逢えて良かった見れて良かった。そう思えるささやかな幸せだった。
ずっとそれで満足できるかと言われたら多分無理だけれど、それでも今はこの現状でも満足はできていた。
一歩進めればそれは嬉しいが、先輩を困らせるくらいならこの現状でも鷹は構わない。
もしかしたら先輩が卒業するときに告白するんじゃないだろうかと、今からそんなことすら考えてるほどだった。
目を伏せながらそんなことを考えていた。先輩が当番に来て姿を見ることができたら、勉強しようと決めていた。今は先輩のことを考えていたい。
まだ来ないのかなと、思った直後に静かに図書室の扉が開いた。
伏せていた目をちらりと上へ上げる。扉が見えるような位置についたお陰で、誰が入ってきたかは見やすかった。
昼間も見たのにまた見たいと思わせる、人だった。先輩をこの位置から見るのは何だか新鮮味を感じた。
(……やっぱり気づかないか)
普段この時間にいないし、先輩の目当ては図書室の受付カウンターだ。机に着いている自分には全く気づかないだろう。何だかちょっと寂しい。
いや気づかれても正直困る。…ああでも、気づいてくれたら、嬉しい。以前図書室で声をかけてくれたみたいに、こちらに気づいてくれたらどれだけ幸せなのだろうか。
好きな人の目に留まれたら、本望なように思う。
司書の人と交代するのか、先輩はカウンターに入って一言二言司書の人と交わして着席した。
着席して、先輩が顔を上げた。その瞬間、漫画でよく見るような目の合い方をした。
(っ、)
先輩と目が合った瞬間、慌ててとりあえず会釈をした。
何だかとてつもなく恥ずかしかった。見ていたのがバレてしまった。恥ずかしくて、顔が赤いのが解る。…先輩を見ていたのが、バレてしまった。
恥ずかしいのに、顔を上げた瞬間また先輩を見てしまった。
どんな顔をしたら良いのか解らないくらいに、そのとき見た先輩のせいで鷹は頭が沸騰しそうだった。
恥ずかしくて恥ずかしくて、それでも幸せだと思えてしまった。
(…か、わいい…)
会釈をして顔を上げた瞬間、先輩の顔をまた見てみたら、笑顔で小さく手を振っているのである。
何だろうあの可愛い人。今は耳まで熱かった。どうしよう。いやどうしようもないのだけれど。とりあえず何かアレ、可愛い。
心臓が掴まれるような感覚ってコレか、と鷹は実感した。確かにコレはキュンとする。漫画の表現もあながち捨てたものじゃない。
もの凄く嬉しくて舞い上がっていたのに頭の中は沸騰寸前で真っ白だったので、とりあえずその先輩の対応にはまた会釈をしただけだった。それすらもちょっと恥ずかしかった。
ああでも、先輩が、やっぱり、可愛かった。
試験の日程を何度も何度も見ながら(当然ながら頭ではもう何も考えていない)、さっきの先輩の表情と仕草を繰り返し思い返して、その度に鷹はやっぱり先輩が好きなんだと再確認していた。
結局図書室で勉強できなかったのは、言うまでもなかった。
(いや、先輩を盗み見ながらちょっとは、やったけどさ)