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誘っちゃった誘っちゃった、うわーどうしよう。

HRが思ったよりも早く終わり、後輩の本庄鷹君と約束した放課後になってしまった。
今日は図書委員の当番日でもないし、アメフト部も休みだという。だから、課題のプリントを見せてあげようかと、提案してみた。
思ってよりは低反応…だったけれど、それでも、約束してくれたのが嬉しかった。

(…あ、いや、あんまり反応凄くてもびっくりするわ)

あの子はどんなときでも反応薄いだろう。しょうがない。
微かにだが、微笑んでくれるだけ今はまだ良いと思えた。というか彼の笑ってる顔は、何か綺麗すぎて凄い。

昨日はドキドキしながら本庄君を誘っていた。表面に出ていないと良いなと、後から思う。
解りやすすぎたらどうしよう。気持ち悪がられていたらどうしよう。
それでも、話しかけてもらえるからまだ大丈夫だという結論に至る。断るときはきちんと断る子だろうし。

(…うわー、ドキドキするわー…。クラスのアホな男子とは違うからなー)

オーラが違うというか、本庄君はどうにも自分よりも大人という雰囲気がある。安定感というか。
けれども儚い感じも醸し出しているのだから男にしておくのが勿体無い。女だったとしたらそれはそれで近づきにくい人だったろうけれど。
友達にしたいとかは、ない。好きになってしまったのだからそれはもう考えられなかった。
というか、よく考えると友達にはできない人種な気がする。そもそも彼に友人はいるのだろうか。部活仲間はいるのだろうけれど。どうにも一人でいるのが好きなタイプなように見受けられる。読書する人が一人が好きとか、そういう偏見ではないが。(でも多分読書をする時間は彼は一人が良いタイプだと思う)

いつも持ち歩くようになってしまった、ノートに目線を下げる。開いている部分は、あの文字の場所だった。まあそこからページなんて動いていないのだけれど。
やっぱり綺麗な字だ。今日本庄君の字を見れば、多少なりとも確信を得られるだろうか。
違ったら違ったで、とても落ち込みそうだった。そのときはまた自分が頑張れば良いだけだろうけど、その頑張り方がイマイチ解らない。肉食系女子も周りにいないし、こういうときどういうこうどうをしたら良いのかは小説とか漫画の知識しかない。

(そもそもそういうキャラではないのだけれど、どうしたら良いんだろう)

こう、正面切って告白されるのって、大変そうだけれど楽ではあるのかもしれない。その人が自分に好意を持っているというのは解るのだから。
そんなことを考えているけれど、心臓は常に動きっぱなしだった。ちょっとコレは、大丈夫だろうか。何かヘマしそうでとても怖い。

少ししてから、静かに図書室のドアが開いた。
顔を上げれば予想通りの後輩君の顔があり、心臓がまた一際大きく鳴った気がした。

司書の人に一礼し、こちらに向かってくる間にハッとしては開いていたノートを閉じた。見られるのは不味いように、思う。いや本人に直接聞ければ良いのかもしれないけれどにそんな勇気はなかった。あったらとっくに幼馴染とは縁を切ってバスケとはもう関わらない生活を送っているに違いない。
慌てながらもノートを閉じ、近づいてくる本庄君に小さく手を振る。

「お疲れ様」
「お疲れ様です。すいません掃除当番で…」
「良いよ別に待ってないから」

きちんと当番をこなす彼は良い子だなあと、何故だか母親のような気持ちになった。コレは母性本能なのだろうか。何かこういう子がきちんと当番とかこなしているのを見ると微笑ましいのだ。かと言って幼馴染の不良面が当番をきちんと行っていても怖いのだが。怪訝な顔をするしかない。
向かい側に座る本庄君を横目に、は持って来たプリントと去年のノートを持ち上げた。

「早速コレね。プリントもノートも先生の解説はちょこっと書いてるから…。……字が、汚いのは我慢してね…」
「…汚いですか?」
「何か、崩れてるでしょ。書道とか習っておけばもっと違ってたのかもしれないけどさ。もしも読めなかったら聞いてね」
「大丈夫ですよ」

渡したノートをパラパラ見ながら、本庄君はそう言う。やっぱり良い子だこの子。

「あとは参考になりそうな本だけど、やっぱり多いんだよね。作者によっては解説少ないのもあるし…。面倒くさいなら、作者のことも解説が多い和歌を選ぶのも手だよね」
「あ、なるほど。…紫式部とか?」
「うんまあそんな感じ。源氏物語好きだから選んだってのも理由として良いとは思うし。そこら辺は脚色しながらきちんと書けば良いよ」
「そう、ですね…うーん」

電車で一緒に帰ってたときは、あんまり意識してなかった。
今は、この子の顔をよく見てしまう。綺麗な顔立ちで、黒子の位置すらこの場所からなら見える。以前一緒に帰った電車の中ではそんなこと全く考えていなかった。多分、別にこの子の顔を意識していなかったからだろう。
思ったよりも、きちんとスムーズに話はできているように思えた。ああ良かった。ヘマをするところは見せたくない。

そうしてその日は何事もなく過ぎていった。寝る前までは。