48.彼の笑顔が変わった気がした


はアメフトのことはよく解らない。
解らないが、それでも彼氏である本庄鷹の所属しているアメフト部が強いことは知っている。
今年も優勝されると噂されていた帝黒学園のアメフト部、それが、決勝のクリスマスボウルで負けたことを、はテレビで見ていた。
どうやって連絡を取れば良いのか解らなかった。携帯を握りしめながら、テレビなんて見なければ良かったと後悔した。しかし見ていなかったことにしても、どうせ学校に行けば結果なんて嫌でも解る。
でも、どうやって声をかければ良いのかなんて、には解らなかった。これならば多分アメフトのルールのほうが簡単だったかもしれない。
携帯を握りしめて、思い出すのは後輩の本庄鷹のことばかりだった。綺麗な銀髪を持つ、自分の彼氏だった。どうしたら良いのか全く解らず、ただただ携帯に入ってる彼の連絡先ばかりを眺めては時間が過ぎ去って行った。



「負けました」

結局携帯で連絡も取れず、かと言って会うこともなく冬休みが終わってしまった。自分の馬鹿野郎とは自分自身をなじった。
だってどうやって声をかければ良いのか本当に解らないのだ。慰めれば良いのか、努力を誉めれば良いのか、一緒に落ち込めば良いのか。たかだか17年程度しか生きていないはどうすれば良いのかなんて全く解らなかった。
幼馴染が夏の全国大会で負けたときもどうやって声をかければ良いのか解らなかった。声をかける前に彼らは泣きに泣きまくって自分たちで前を向き始め、そのまま冬でリベンジしてやると、宣言してまた練習漬けの日々に戻っていったのだ。
結局冬休み中何も声をかけられず、かと言って会うこともできず、そうして学校が始まってしまったのだ。何とか年明けの挨拶はしたが、ただそれだけである。アメフトのことには全く触れなかった。我ながらこれは酷い彼女である。

いつものように図書室で。でもいつもとは違い昼休みではなく放課後だった。
人が少ない放課後、はカウンターで返却図書の状態を見ながらだったけれど、鷹は構わず小さいながらもよく通る声で結果を報告してきた。

「…うん、見てた」
「あ、知ってはいたんですね」
「うん」
「まさか、…あんな風に自分が負けるなんて、思ってなかったです」
「うん」

そりゃそうだろう。毎日あれだけ放課後残って練習して、あんな超人的に跳ぶこの子が。その彼の周りもおかしな身体能力の子ばかりだ。
負けるなんて、だって思っていなかった。

「負けました」
「うん」
「正直、自分と、大和が居て、帝黒学園のレギュラーが、負けるなんて、思ってなかったんです」
「うん、」
「…自分、が。本当に負けたとは、思ってもいないんです」
「……うん」

跳ぶのには自信があった。実際あの試合の中で鷹は跳ぶことだけは負けたと思っていない。
でも、試合には負けたのだ。
あの大和だって結局負けてしまった。最後の最後、キックでの勝負だって、運だったのかもしれないけれど、結局は負けだった。プレッシャーを与えきれなかった。あの距離を飛ばしたキッカーの執念と、仲間の信頼と、全てに置いて負けたのだ。
でも。

「次、……次は負けません。春大会、来年の秋大会、再来年も、絶対。もう、負けません」

図書室のどこかを見ながら鷹は続けた。に話しているように見えるがその実、自分の意思表示をしているだけだった。聞いてほしかっただけというのも、ある。
次はもう、負けない。負けません。あんな気持ち、1回だけで十分だった。

「うん」

はそれしか言ってない。自分が何と語彙力のなく小さい人間だろうか。どうやって声をかければ良いのかは本当に解らなかった。気の利いた言葉も言えない、だからと言って抱きしめるなんて真似もできない。話を聞くだけしかできないが、今はそれが一番良いとも思えた。人の話をただ聞いているだけというのは、存外難しいものだ。
だけれど、思った以上に彼は穏やかな顔を、していたから。

「本庄くんは、試合に勝ちたかった?」
「……それは……、……あんまり考えたことがなかったです」
「自分が強いから?」
「自分が、普通の人よりも練習をしているとは思っていたんで。帝黒学園のメンバーで負ける要素なんて無いとも思ってました。……でも、」
「うん」
「負けたくないって、思ったのは今回初めてだったかもしれないです」
「そっかあ」

アメフトに関してはあんまり良い反応をしてこなかったのを、は見ている。義務とも違い、やりたくてやっていることのようにも思えなかった。ただ、やるならば全力でやるのを近くで見ていた。こんなところに勝てるところがあるのかと思わせるほどのチームの中で、トップを維持し続けているこの男の子が、何とも言えない実態でアメフトをやっているのを見ていた。勝ちたいわけでもない。負けたいわけでもない。勝って当然。練習も当たり前にやっている。楽しいのかは、は解らなかった。
家庭の事情も、部活の話も、は解らない。アメフトのことも教えてもらったけれど結局ちゃんとは解っていない。そんながごちゃごちゃ口を出せるわけもなかった。
だけれど、鷹の今の表情を見ていれば、良い試合だったのだろうと、思ってしまう。
どこを見ていたか解らなかった鷹が、こらちに顔を向ける。いつも通り綺麗な顔だった。ただいつもより晴れやかにも、見える。

「不思議です。負けて悔しいはずなのに、今は次にまた会うのを楽しみにしている自分もいるんです」
「昨日の敵は今日の友ってやつ?」
「そうかもしれないです。初めて敵チームからアドレスを聞かれてビックリしました」
「えっそんなこともあるんだ!」
「大和なんかは…チームメイトなんですけど、凄いアクティブで自分から聞きに行ってたんですよね。俺はそういうの興味なかったけど、…今回は初めて、連絡先を交換したんです」

少しだけはにかんで鷹はそう言う。…いや何かその反応、好きな子と連絡先交換した反応では?とは思ってしまったが見なかったことにした。
多分友達も少なそうな彼に、全然接点のない友達ができたのだ。喜ばしいことだろう。自分の彼氏をそう言うのは失礼だと思うのだが、どうしても友達がいるとはは思えなかった。申し訳ないがこの言い方的にやはり友達は少ないのだろう。多分チームメイトなら沢山いて、知人も沢山いる顔見知りは多いタイプだとは思うのだが、心を許せるような人はごく少数な気がする。
その少数に自分が入っているんだよなあと、少しだけ優越感をが抱いていることは、誰にも言っていない。

「先輩」
「うん?」
「聞いてくれありがとうございました」
「えっ、いや本当聞いてただけだし…」
「良いんです。スッキリしました」
「そ、そっか……」

もっと気の利いたこととか言えたり、質問できたりしたら良かったのだけれど。はそう思うが、お礼を言われるとそれ以上言えなくなる。しかしそのお礼が何ともムズ痒い。
こちらと目線を合わせながら、鷹は続けた。

「次は、勝負にも、試合にも、勝ちます。勝ってみせます」
「……うん」

何だかヒロインみたいだ、とは少なからず思ってしまった。恥ずかしいことを思うが、鷹がこうやって言ってくれるのが嬉しく感じる。
そうだ嬉しいのだ。鷹がこうやってアメフトのことを喋るのが、負けたことを話してくれるのが、これからのことを、言葉にしてくれるのが。はそれが嬉しい。そしてそれを話す鷹は、格好良いと思えた。
彼の決意表明に、自然と口が開く。

「来年のクリスマスボウルは、絶対に見に行くね」

そう言えば彼は綺麗に笑ってくれた。