高校生活の二大イベント、文化祭が近づいていた。
私立であろうと高校生の文化祭は程度が知れているものだが、帝黒学園の文化祭は規模が他よりも大きい。自主性も重んじているせいか自由な出し物も多かった。一年生であろうと、やる気があれば色々できる。実際一年生のときの大和のクラスは手の込んだものを出していた。
高校二年になっている本庄鷹は、部活でも出し物をする関係と、個人のやる気の問題でクラスの出し物に参加する気がサラサラなかった。
なかったのだが、何せ今年高校生活最後で誰よりも気持ちを向けている先輩がクラスの出し物を聞いてきて、出ないのか聞いてくるのである。出ない選択肢が消えた。先輩が関わると途端にチョロくなるのは鷹自身自覚がある。
帝黒学園の文化祭は秋にある。最終学年の三年生は、受験の関係でやる気の有無が人により、手の込んだものを出すクラスは少ない。二年生が必然的に盛り上げ役として動くようになっていた。彼女である先輩が喜ぶならと普段では考えられないくらいチョロくなる鷹は、クラスの出し物も部活の出し物も出ることになってしまった。後悔はしていないけれど反省はしている。読書の時間が減った。
ただ当日手伝うことが多いだけで、準備期間にもの凄い時間を取られるわけでもなかったのが幸いだった。何せ高校二年生の秋。今年こそ泥門に勝つために鷹も大和も、他の面々も気合は入れている。これでクラスの出し物が劇とかだったら先輩が何か言ってきても全力で関わらなかった。
部活の出し物は一般客の参加型のものである。
客の投げたボールを取ったり、逆に客にパスして受け止めてもらったり。流石にタックルなどはできないし客が走り回って怪我をされたら困るので、どちらかと言うと客のどんなボールでも受け止めるような方向性で動いている。
宣伝文句は『君も未来のQB!!』である。体育のボール投げとどう違うのかと鷹は思ったりなんだりしないでもないが、優秀な人がいたらスカウトしたいなどと今年の部長は寝言を放っている。寝ながら言ってほしい。受け止める側の労力を切に考えていただきたい。花梨のような人間がそこかしこにいるわけがないので、ボールを取りに行く側が走り回る可能性しかない。
『鷹くんそれ出るんだよね!? 鷹くんがボールキャッチするの見るの好きだから楽しみ』
先輩にそう言われたら出ないわけにはいかない。出るしかない。
いつもTV越しか応援席からしか見れないから、間近で見れるのは貴重だとも力説された。確かにそうかもしれない、などと納得してしまう。鷹はのことになるとチョロいし思考能力が著しく下がる。恋は盲目だと片想いのときから思ってはいたがこの一年でさらに悪化した気はする。幸せなのでヨシとした。
クラスの出し物は、何てことないカフェのようなものである。ようなもの、というのは実際に作るのは帝黒学園の食堂とカフェだからだ。
食堂やカフェのスペースで給仕を手伝うのである。
出し物と言えるのかとてつもなく微妙なのだが、何せ帝黒学園は規模が大きい。比例して一般参加の客も増える。他のクラスなどでも飲食系の出店はあるが、高校生の出店などタカがしれており、きちんとしたものが出され足を落ち着けられる食堂とカフェは例年とてつもなく混む。
鷹のクラスは最初メイド喫茶などと大層俗っぽい意見が出たのが、それなら執事カフェも併設したいと意見が出て、衣装が用意できないからと両方とも却下されていた。鷹は頭がおかしいのかと率直に思っていた。どんな予算と準備期間を想定しているのか全く想像がつかない。
飲食の提供と、衣装を用意するならその予算。それを考え始めればどちらかと切り捨てないと収まるわけがない。
何故か鷹のクラスは最終的に衣装を取った。何故だ。
『待ってバーテンダーさんみたいな、何かそういうウェイトレス姿なら用意が可能じゃない!? シャツとスラックスは制服で、ベストとエプロン用意すればいいだけ!』
『天才か!?』
いくら私立でも高校生である。一クラスの予算なんて微々たるものなので衣装を取ったとしてもそんな豪華なものはできない。メイド喫茶と執事喫茶が無理でもウェイトレスならイケるとクラスの半分以上が判断した。どうしてそうなるのか、クラスの話し合いの場にいたはずの鷹はよく解らない。クラスの女子がチラチラこちらを見ていたのもよく解っていない。
「え、でも発想が面白いね」
「それは、ええ。俺もそう思います」
話し合いが白熱し、最終的に何故かウェイトレス姿で帝黒学園のカフェで給仕の話に落ち着いた。どうしてそうなったのか鷹はこれも解っていない。途中から話し合いの参加を放棄して借りた本を読んでいたからである。
だが発想は悪くない、とは鷹も思う。毎年食堂もカフェも混みあい、セルフサービスのためさらにゴチャゴチャして働いているスタッフさんが可哀想なのである。立派な造りのせいでセルフサービスと思われず食器がテーブルに放置されていることも多々ある。在学生がソレを片づけているのを鷹も去年見たことがある。
食事を作るのは本職の人、提供したり片づけたりを学生で。その着眼点は鷹自身悪いとは思っていない。正直下手に色々用意をしたりせず楽だからだ。
話がまとまって、許可が下りたのでカフェでの食事の提供をクラスで請け負うことになったわけである。よく許可が下りたものだと鷹は思うが、スタッフさんたちも喜んでいたというのでやはり大変なのだろう。食堂は流石に規模が大きすぎて厳しいので、カフェでの出店(?)という形に落ち着いた。
何だかんだ細かくやらないといけないことも多いのだが、鷹は部活もあるので当日給仕する係になるしかなかった。まあ運んで片づけるだけなら多分、どうにかなるはずである。というかクラスの面々が、用意はするから文化祭日だけ出てほしいと押してきたのである。構わないのだが、妙に押されるので何かあるのかと訝しがった。
先輩に話してみれば、当日部活のもクラスのも絶対に行くと熱量のある言葉を貰う。体調に気をつけなければいけなくなった。
「うわ~すごい楽しみ。一緒に回れる時間はある? ないか流石に」
「あります。大丈夫です」
「本当? やったー」
何度も言うが鷹は先輩が絡むと途端にチョロくなる。部活とクラスのシフト調整を全力でしようと決めた。
***
文化祭当日。
帝黒学園の文化祭は二日間ある。初日はクラスのシフトが先だったので、朝一でウェイトレス姿に着替えて先輩に逢いに行った。クラスの仕事をし始めると話しにくいからだ。
出会って直ぐ、先輩が挙動不審になった。
「えっすっご…」
「先輩?」
「腰高っ…ええ…脚なっが…」
口元に手を当てて、先輩が独り言を呟く。褒められている、気はするのだが若干会話ができておらず不気味に思える。
上から下まで先輩に見られて、鷹は少し遅れて恥ずかしくなる。そこまで制服と変わらない格好だと思っていたのだが、先輩からしたらそうではないらしい。
挙動不審になった先輩がいきなりハッとして、携帯を勢いよく取り出す。図書室にいるときでは考えられない声量で先輩は口を開いた。
「しゃ、写真大丈夫!?」
「え、ぁ、はい?」
シャッターが切られる音が何度も聞こえてくる。
(――えっ、俺一人だけ…!?)
まさかのピン写だった。普通一緒に撮らないのだろうか。どうして。
明らかに困惑した顔のまま写真を撮られ、鷹はさらに困惑するしかなかった。というか普通に恥ずかしかった。一人だけで写真を撮られるなんて七五三か学校の入学式くらいしかない。それはハレの行事なので別段気にするほどでもなかったが、ただの文化祭でただのウェイトレス姿である。
「あの…」
「あっ待ってそのまま、もう一枚!」
「……」
この熱量の先輩を見たことがないのでどうしたらいいのか解らず鷹は途方に暮れた。
「えー、凄い本当、似合ってる…」
「ありがとうございます…?」
話をしながらまだ先輩は携帯で写メを撮っている。一緒に写真は撮ってくれないのだろうかと鷹は思い始めた。写真に映るのは得意でないが、先輩と一緒なら吝かでもない。
ここまで喜んでくれたのならこの格好をしたことも悪くはない。とは思うのだが、気恥ずかしいのはなくならない。
その後、様子を見ていた生徒が「撮りましょうか~?」と声をかけてくれたおかげで鷹一人だけの撮影は終わり、先輩と一緒の写真を手にいれることができた。その間に学校のカメラマンにも写真を撮られたのでそれはあとでお金を出して買おうと決意する。
***
先輩と一緒にウェイトレス姿のままで校内を回ったり、クラスの出し物(?)を手伝ったりと文化祭を過ごしていく。校内を回ってる間に先輩は慣れたのか普通に接してくれるようになったのだが、カフェで給仕をしている間はやっぱり似たようなことをずっと言っていた。らしい。クラスメイトがからかいながら言ってきたので自分自身は聞いていない。
クラスのシフトが終われば、あとは部活のシフトである。何故かクラスの出し物を話したら今年の部長からそのままの格好で来いと言ってきたので、ウェイトレス姿のままで移動する。着替えるのが面倒なので構わないのだが、そのことを話せば先輩がまた興奮していた。何故この格好でそんな風になるのか鷹はよく解らないが、先輩が自分を褒めているのは解るのでヨシとした。
「いや眼福ではあるけどその格好で大丈夫なの…?」
「試合でもないですし、タックルとかもないですしね。流石に靴だけ履き替えますけど、まあ大丈夫です」
そう話して部活の出し物に参加すれば、予想以上に混雑していた。
一般客だけでなく生徒や部活の面々も普通に参加したりするので、思ったよりも動き回る羽目になった。しかもOBも参加してきて普通に走らされた。
様子を見ていただけの先輩が、可愛らしく自分も投げていいか聞いてきたので二つ返事で答えれば、何故かそこだけ自分と他でボール争奪戦になった。殺意を抱いたのは初めてかもしれない。普通に防具をつけた大和も参戦してきて意味が解らなかった。冷やかされていることだけ解るが、華を持たせることもできないのかと不満しかない。
まあ負けないのだが。圧勝するわけだが。
「いやていうか、投げるの上手ない?」
「俺が教えました」
「英才教育がすぎる」
素人にしては上手く上に投げて予想よりも飛距離を稼ぎ、それを知っている鷹が持ち前のジャンプ力で捕りきった。ときどき自主練に付き合ってくれていた成果がお互い出ていて満足である。
「今のきちんと投げられた気がする!」
「はい。綺麗に上に投げれてました」
先輩が駆け寄ってきて、笑顔でこう言ってくるので鷹も微笑んで返す。
実際投げる直前にに対して上に投げるようにジェスチャーをし、それを理解して上にきちんと投げてくれた先輩のおかげで鷹は捕りきったようなものである。意思疎通ができて満足であるし、結果を残せたので大成功である。
「は~~~これだからリア充は」
部活の誰かが何かを言っていたが、鷹の耳から通り抜けて言った。
何せ実際、リアルが充実している高校生なので。
***
あらかた文化祭を回って楽しめば、すぐに夕方を迎えていた。一般客も少なくなって、校内が静かになっていく。
帝黒の文化祭は二日あり、その二日ともクラスと部活の出し物に参加し、先輩と一緒に回ったりして過ぎていった。まさか自分がこんな風に文化祭に参加するとは思ってもみなかった鷹は、読書の時間が減ったことを差し引いても、楽しいと感じていた。先輩の効果が凄い。
彼氏彼女ではなく、先輩・後輩という立場だったとしても、先輩と一緒に文化祭を回れていたらそれはとても楽しめただろうとも思う。好きになった人の効果が凄い。その好きな人が今は彼女なのである。楽しいに決まっている。
先輩は、最後の文化祭である。一緒に文化祭の終わりまで楽しみたいと鷹は思った。
図書室側の廊下や階段は人が元々少ない。出し物をしているわけでもないので、文化祭の日などは特に入ってはいけないような雰囲気を出していて、とても静かだった。
使っていない教室、人気のない廊下や階段。学生カップルがそんな場所で過ごしている中、鷹とは図書室側の階段を選んだ。流石に図書室は空いていないので、人気の少ない場所に流れて行けばここに辿り着いた。
階段に座り込んで、楽しかったことを二人で話していく。
ここでもまた先輩がクラスの出し物の格好を褒めてきて、鷹は流石に照れ始めた。初日の先輩は褒めるというよりも珍しい物を見ている興奮の仕方だったのが、今はどこまでも褒めてくる。自己肯定感が上がるよりは照れてくるほど「格好良い」「似合ってる」「脚が長い」と言われるので、「ありがとうございます…」と言うので精一杯だった。いや、褒められるのは嬉しいのだが。好きな人にこんな風に言われるとここまで恥ずかしいのかと悶えている。ここまで来るとこの格好をしているのが大変恥ずかしくなってくる。
先輩が楽しんでいるから、着ているだけである。
こんな格好をして、クラスと部活の出し物のシフトを調節なんて面倒くさいことをしてでも、先輩と一緒に回れたのはとても楽しかった。
そう、楽しかったのだ。
あまり本以外で楽しいと感じることなんて鷹にはなかったし、先輩が関わっていても面倒くさいことは面倒くさい。あまり興味の沸かないものは今まで通り冷めた目でしか見れない。けれども昨日と今日は、文化祭と言う読書の時間が減る面倒くさい行事を、楽しいと感じたのだ。
「……先輩は、楽しかったですか」
「えっ勿論! すっごい楽しかった! 友達と回ってた去年までも楽しかったけどね。鷹くんとこんな風に回れるなんて思ってなかったから、何だろう、どこ回っても何か楽しかった」
そもそも一緒に学校回るのって何か新鮮だったね、と笑って言われて、確かにと頷いた。
図書室ではよく逢うのだが、それ以外は学年が違うので待ち合わせでもしてない限りこの大きな帝黒学園で偶然逢うことはそうそうない。
同学年だったらもっと一緒にいられたのにと、何度目か解らないことをまた考えもしたが、これはこれで行事が新鮮に思えるから良いのかもしれない。
先輩が先に卒業するのは大変嫌なのだが。それはそれ、これはこれで、今回は学年が違ったおかげで文化祭がより楽しめたわけである。
自分だけが、楽しいわけじゃなかった。先輩も楽しんでくれていた。
そう思ったら、鷹は目尻が下がって表情がまた柔らかくなった。
「俺も」
「うん」
「俺も、今年の文化祭が、今までで一番楽しかったです」
そっかあ、良かったと、先輩がそう言いながら微笑んだのが可愛くて、少しくらいキスできるかな、などと邪なことを考えてしまった。
23/06/26
アイシコラボカフェが最高だったんですが鷹くんのウエイトレス姿が見たかったなという願望を詰め込みました。
鷹君のグッズが欲しいのでコラボカフェ第二段待ってます(強欲)
本庄鷹くん誕生日おめでとうございます。
誕生日と全く関係ないですが誕生日に上げられて良かったです。