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交際期間などというものを全てすっ飛ばして一人とは籍を入れる運びになった。
どうにも一人が我慢できなかった結果なのだが、は別に文句も言わず了承した。の勤めている治療院の院長になる話を断るなら、理由付けも欲しかったのがある。
けれどもすぐには村に戻ってこれないので、それだけは一人に謝った。ものすごく一人は嫌な顔をしていたが(以外の人間が見るとそこまで変化はないらしい)、何とか言いくるめた。
そもそも籍を入れる話が突然すぎるので、そこは流石に我慢をしろとは少し強めに一人に言い放った。住んでる場所を引き払うのだって時間がかかるので、何とか納得してもらう。思ったよりも一人の機嫌が悪くなったので、は人生で一番慌てたかもしれない。一人も人間らしいところがあるのだと目の当たりにする。面倒くさくもあれど、一人がそういう自我を出すのは何だか嬉しくなったので何とかなだめた。
籍を入れるとなったときに、村にある役所から入籍届を貰ってきて、の実家に置きっぱなしの判子でどうにかした。
の保証人はイシさんで、一人の保証人は村井さんに書いてもらう。村井さんは流石に辞退しようとしていたが他に適任がいない。「親父がいないんだから村井さんでしょう」と一人が言えば、渋々ペンを受け取っていた。別に誰が書いてもいいらしいので、一人としては拘りがない。村井さんもいなかったのなら、富永に頼んでいたのだろうと思う。
が村に帰って来た次の日には、そうやってイシさんと村井さんたちからサインを貰い、届け出るために二人で外に出かけていた。

「お~K先生?」
「今日休みだって富永先生から聞いたがぁ」
「ああ、休みなのは間違いないです。これから街に行くんです」
「へえ」
「K先生働きすぎだから、ゆっくりしてきてくれぇ」

一人のうしろにいたせいか、前から来る村の人たちにが見えなかったらしい。会話を聞きながらは一人の背から顔を出して頭を下げた。

「!? K先生でぇとか!?」
「……」
「なるほどなあ! ゆっくり楽しんできてくれ~」

一人もも訂正する隙がないまま、村の人たちが離れていく。
いいのだろうかと、は一人の顔を見上げた。

「……いいの訂正しなくて」
「籍を入れに行くと言ったほうが良かったか?」
「う、う~~~ん……でもデートかなあ」
「……違うのか」
「えっ、……えっ? あ、いや、一人が、いいなら、いいけど」

そうか、デートなのか。はそういうことが何も解らないまま年を取ってしまった。
いやでも籍を入れに行くのはデートになるのだろうか。明確に今までと立ち位置が違うから、デートだと言われれば「そうかも?」とは思ってしまう。浮かれているのは自身解る。
一人がそう思っているのなら、それでいい。籍を入れて街に降り、指輪も見に行くだけなのだが。予約をしていないため下見だけなので、ご飯を食べてすぐ帰ってくる予定でもある。どう見ても入籍準備でしかないが、一人がデートだと思っているのなら、もデートだと思うことにした。これはデートなのか、いやでも確かにデートかもしれない。

(何か改めてそう思うと恥ずかしい)

けれども去年のようにひとりで浮かれては落ち込むようなことはないので、一人がデートだと思っているのならもそう思って楽しむことにした。
今週いっぱいはの治療院もお盆休みである。週初めに村に来たが、ギリギリまで村にいる方向になった。申し訳ないことに食料だけ診療所に恵んでもらう。
迷惑をかけているけれども、いつもよりも長く村に居続けることに一人は心なしか嬉しそうだった。は今ならちゃんと、一人は自分がいることで喜んでいるのだと解る。

午前中にイシさんたちにサインを貰って移動しているが、夏なのでもう日がずいぶん高い。
山の上の割に日が当たって暑いのだけれど、ゆっくり移動をしてゆっくり帰ってくるようには思う。一人の歩みがいつもよりも遅く感じられるからだ。自分の歩調が遅いのかもしれない。一人が歩みを合わせてくれるので、結局二人ともゆっくり歩くことになる。
昨日も晴天だったが、今日も綺麗な青空だった。夜には星も月も綺麗に見えるだろう。
一人と一緒に、それを見れるのだと思う。あの家で寂しさを感じない夜を受け止められる。それは幸せだなあとは笑みが抑えられない。一人が不思議な顔をしていたが、さらに笑って誤魔化した。一人が笑い返してくれて、ちょっと顔が赤くなってしまう。
バス停までの道のりはそこまで遠くもないけれど、ゆっくりふたりで歩いて行った。


***


「なあ今の」
「んだなあ、K先生否定しないのはいつもだけんど、が何も言わんかったなあ」
「とうとうかぁ」
「とうとうだなあ。そうかあ。やっとK先生も成就したかあ」

一人とが街から帰ってくるまでに、村中に知れ渡ったのは、言うまでもなく。